テクノロジーが変える国際送金の未来
国際送金が大きな転換点を迎えている
海外で働く人から母国の家族への仕送り、留学費用の支払い、越境ECの決済、海外人材への報酬支払いなど、国境を越えた資金移動の需要は拡大を続けている。世界銀行が運営する送金コストの調査データベースRemittance Prices Worldwideでは、200米ドル相当を送金した場合の世界平均コストが長らく6%前後の高水準にあると報告されており、国連の持続可能な開発目標(SDGs)は「2030年までに送金コストを3%未満に引き下げる」ことを目標に掲げている。送金コストの削減は一部の利用者の利便性の話ではなく、開発途上国の家計を左右する国際的な政策課題なのである。
この課題に対する答えとして期待されているのが、ブロックチェーン(分散型台帳技術)をはじめとする新しいテクノロジーと、それを武器に参入してきたフィンテック企業群である。本記事では、従来型の銀行送金が抱えてきた構造的な課題を確認したうえで、新技術がどのように国際送金を変えつつあるのか、そして実用化に向けて何が残されているのかを整理する。
SWIFTとコルレス銀行網が抱えてきた構造的課題
従来の銀行経由の国際送金は、SWIFT(国際銀行間通信協会)のネットワークを通じて送金指図のメッセージをやり取りし、実際の資金決済は銀行同士が相互に開設するコルレス口座を通じて行う仕組みで成り立ってきた。SWIFT自体は資金を動かすのではなく「通信網」である点が重要で、送金銀行と受取銀行が直接の取引関係を持たない場合は、間に複数の中継銀行が入ることになる。
中継銀行はそれぞれ手数料を差し引くため、経由する銀行が増えるほど受取額は目減りし、着金までの時間も延びる。日本の銀行から海外送金する場合、送金手数料のほかに関係銀行手数料や為替レートへの上乗せ(スプレッド)が発生し、合計の負担が数千円規模に達することも珍しくなかった。しかも途中でいくら差し引かれるかが事前に確定しないため「受取額が読めない」という不透明さが残り、数万円程度の少額送金ではコスト比率が極端に高くなるという問題が長年指摘されてきた。なお、SWIFT側もこの批判に応える形で、送金を追跡番号で可視化する「SWIFT GPI」を導入し、スピードと透明性の改善を進めている。
ブロックチェーンが提示する新しい送金モデル
こうした多段階の仲介構造そのものを見直そうとするのが、ブロックチェーンを使ったアプローチである。分散型台帳上で価値の移転を直接記録できれば、複数のコルレス銀行を経由する必要がなくなり、決済時間の短縮と手数料の削減が同時に期待できる。
リップルとステラの取り組み
代表例が米Ripple社の「RippleNet」である。参加金融機関同士が分散型台帳を介して送金メッセージと決済をほぼリアルタイムで処理することを目指すネットワークで、暗号資産XRPをブリッジ資産として通貨間の交換に用いる構想も含まれる。日本でも複数の金融機関がRipple技術を用いた送金の実証や商用化に取り組んだ実績がある。また、非営利のステラ開発財団が支えるステラ(Stellar)は、低コストの個人間送金や金融アクセスの拡大を理念に掲げ、新興国向けの送金回廊での活用が試みられてきた。
ステーブルコインという選択肢
ブロックチェーン送金の課題である価格変動リスクへの答えとして注目されるのが、米ドルなどの法定通貨に価値を連動させたステーブルコインである。価値が安定しているため、暗号資産特有の価格変動を抑えながら、ブロックチェーンの即時性と低コスト性を活かした国際送金が可能になる。日本でも改正資金決済法によりステーブルコインが「電子決済手段」として位置づけられ、発行・仲介に関する制度が整備された。制度面の枠組みが定まったことで、銀行や信託会社による円建てステーブルコインの発行検討など、実用化に向けた動きが本格化している。
フィンテックの台頭と金融包摂への波及
ブロックチェーンだけが変革の担い手ではない。英国発のWise(旧TransferWise)は、送金国と受取国の双方に自社口座を持ち、実際には資金が国境を越えない形で送金を成立させる仕組みにより、中継銀行手数料を回避して透明な料金体系を実現した。Revolutのマルチカレンシー口座やPayPalのアカウント間送金も、従来の銀行送金とは異なる発想で国際的な資金移動のハードルを下げている。日本国内でこうしたサービスを提供する事業者は、資金決済法に基づく資金移動業の登録などが必要であり、登録状況は金融庁のウェブサイトで公表される免許・登録業者一覧から確認できる。
テクノロジーによる送金コストの低下は、「金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)」の観点でも大きな意味を持つ。銀行口座を持たない人々が世界には依然として多く存在するが、スマートフォンとモバイルウォレットがあれば送金を受け取れる仕組みが広がれば、銀行店舗の少ない地域でも資金へのアクセスが可能になる。海外労働者の仕送りは多くの低・中所得国で重要な外貨収入源となっており、手数料が数ポイント下がるだけでも受取側の家計に残る金額は確実に増える。送金技術の進化は、そのまま開発支援としての側面を持つのである。
規制・AML/CFT・CBDC——残された課題と展望
一方で、新技術の普及には越えるべきハードルも多い。第一に規制対応である。国際送金は本質的に複数の法域をまたぐため、各国で異なる資金移動・暗号資産規制への対応が事業者の負担となる。日本では外国為替及び外国貿易法(外為法)や犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯罪収益移転防止法)に基づき、本人確認や送金目的の確認、制裁対象との照合が義務付けられており、マネーロンダリング・テロ資金供与対策(AML/CFT)の徹底は、送金がどれだけ高速化しても省略できない工程である。匿名性の高い送金手段が悪用されるリスクをどう抑えるかは、業界全体の信頼性に直結する。
第二に、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の動向である。国際決済銀行(BIS)のイノベーションハブは、複数国のCBDCを共通基盤で接続してクロスボーダー決済を効率化するプロジェクトを各国中央銀行と進めており、日本銀行もCBDCの実証実験を段階的に実施してきた。CBDCによる国際決済が実現すれば、民間のステーブルコインや既存の銀行ネットワークとの役割分担が改めて問われることになる。現時点では「既存システムの改善」と「新技術による置き換え」が並走している段階であり、どの技術が主流になるかは確定していない。
確実に言えるのは、競争によって利用者の選択肢が増え、コストと透明性の改善が進んでいるということである。利用者としては、表面的な手数料だけでなく為替スプレッドを含めた実質コスト、着金スピード、事業者の登録状況といった基本を押さえて比較する姿勢が引き続き重要になる。関連する専門用語は当サイトの用語集で確認できる。国際送金は人とお金の国境を低くする社会インフラであり、その進化はまだ途上にある。