改正資金決済法が変える海外送金市場――規制強化と競争力の分水嶺
今月施行された改正資金決済法により、海外送金や国際決済を手がける資金移動業者には、本人確認手続きの厳格化、資金保全スキームの見直し、実務運用体制の強化が義務づけられた。利用者保護を重視する規制当局の姿勢が鮮明になる一方、事業者側はコスト増と業務負荷増への対応を迫られている。法改正を契機に、海外送金市場の勢力図が塗り替わる可能性が高まっている。本稿では、改正の骨子を整理したうえで、事業者間の競争環境と企業実務に及ぶ影響を分析する。
参考: 改正資金決済法の施行で海外送金・国際決済サービスに新ルール、国内各社の対応が焦点に(excite.co.jp)
改正資金決済法の骨子――三本柱の規制強化
資金決済法は、銀行以外の事業者が送金サービスを提供するための法的枠組みを定める法律であり、登録を受けた「資金移動業者」に為替取引を認めている。今回の改正で打ち出されたのは、第一に本人確認(KYC)手続きの厳格化、第二に供託または信託による利用者資金の保全義務の強化、第三に社内管理体制・監査体制の整備義務の明確化という三本柱だ。資金移動業者の登録・監督を所管するのは金融庁であり、登録事業者の一覧は同庁の公式サイトで公開されている。海外送金は外国為替及び外国貿易法(外為法)や犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯罪収益移転防止法)とも密接に関わるため、事業者は複数の法令を横断した体制整備を求められることになる。
KYC厳格化が変えるユーザー体験と事業者負担
最も注目すべきは、本人確認義務の拡大だ。従来は一定金額以下の送金であれば簡易な確認で済んでいたが、改正法では取引額に関わらず厳格なKYC(顧客確認)が求められる。これにより、スマートフォンアプリで手軽に送金できることを売りにしてきたフィンテック企業は、ユーザー体験と規制対応の板挟みに直面する。
WiseやRevolut、PayPalといった海外発のサービスは、欧州や米国の規制下で培ったオンライン本人確認(eKYC)のノウハウを持つため相対的に対応余地が大きい。一方、国内の新興事業者にとっては、本人確認書類の真贋判定や顔照合の精度を担保するシステム投資、審査人員の確保、外部ベンダーへの委託費用が積み重なり、運用コストは無視できない水準になる。口座開設から送金実行までの所要時間が延びれば、「速さ」を武器にしてきたサービスほど競争力を削がれる構図だ。
供託・信託による資金保全義務の重み
資金保全義務の強化も見逃せない。供託または信託による資金保全が義務化されたことで、小規模事業者は資金繰りに直接の影響を受ける。供託方式では法務局への供託手続きと資金の固定化が、信託方式では信託銀行への報酬支払いが発生し、いずれも事業規模が小さいほど相対的なコスト負担は重くなる。成長段階のスタートアップにとって、利用者から預かった資金を常時保全し続ける負担は決して軽くない。
こうした枠組みは日本独自のものではなく、欧州のPSD2(決済サービス指令2)や米国のFinCEN(金融犯罪取締ネットワーク)による規制と同様、国際基準に沿った利用者保護の潮流に位置づけられる。国際決済の基準づくりに関与する国際決済銀行(BIS)も、決済システムの安全性と効率性の両立を一貫して提唱しており、今回の改正はクロスボーダー取引における日本市場の信頼性を高める狙いがあるとみられる。
市場再編の行方――独立系の淘汰と大手優位
規制対応コストの増大は、資本力のある大手銀行系や外資系送金サービスを相対的に優位に立たせる。独立系フィンテック企業は、自力でコンプライアンス体制を構築して生き残るか、大手の傘下に入って規制対応インフラを共有するかの選択を迫られる可能性が高い。短期的には事業者数の減少、すなわち淘汰と再編が進むと予想される。
一方、この規制強化は中長期的には市場の健全化につながる。過去にはずさんな本人確認によるマネーロンダリングや詐欺被害が問題視されてきた経緯があり、厳格なルールの下で生き残った事業者は利用者からの信頼を獲得し、より大きな取引量を扱えるようになる。手数料面では、世界銀行が運営する送金価格データベース(Remittance Prices Worldwide)が各国・各経路の送金コストを継続的に公開しており、価格の透明化が進む環境下では、規制対応コストを織り込んでもなお手数料の下押し圧力は続くとみられる。
企業・個人が今とるべき実務対応
企業の経理・財務部門は、利用中の海外送金サービスが法令順守体制を整えているか、事業の継続性に問題がないかを改めて確認すべきだ。特に海外人材への給与支払いや仕入れ代金の決済など、定期的な送金業務を外部サービスに委託している場合、サービス停止や仕様変更のリスクを織り込んだ事業継続計画(BCP)の見直しが必要になる。具体的には、金融庁の登録事業者リストで登録状況を確認し、資本金や資金保全体制を開示している事業者を優先的に選ぶことが、予期せぬサービス終了による業務停止リスクの軽減につながる。
中小企業においては、これまで手数料の安さを理由に新興フィンテック企業のサービスを利用していたケースが多いが、今後は「安さ」だけでなく「信頼性」「継続性」を判断基準に加えるべきだ。大手銀行の海外送金は安定性が高い一方、送金手数料に加えて為替レートに上乗せされるスプレッドやコルレス銀行手数料が発生し、総コストでは不利になる場合もある。複数サービスの併用や、送金額・頻度に応じた使い分けで、コストと安全性のバランスを見極めたい。
個人利用者にとっても、本人確認手続きの厳格化は無縁ではない。既存口座でも追加の本人確認書類の提出を求められる場合があり、対応を放置すると送金機能が制限されることがある。利用中のサービスからの通知を確認し、早めに手続きを済ませておくことが賢明だ。KYCやAML(マネーロンダリング対策)といった規制用語の詳細は、用語集も参照してほしい。